2007年12月26日

滅びの美学?

「フランダースの犬」日本人だけ共感…ベルギーで検証映画
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20071225i302.htm

フランダースの犬の様な、あんな救いようの無いストーリー好む日本人ってそんなにいないと思いますけどね(笑)少なくとも私は嫌いですよ。あんな残酷な物語。

確かにねぇ世の中にはどんなに努力しても報われずに終わる世界ってあるものですよ。でもねぇ小説の世界で、それされたら生きる希望すらも失われていきませんか?小説や映画に人が求める心はいつだって

現実逃避


じゃございませんか?
こんな救い様のない話では現実逃避を求めたつもりで、とことん思い通りに行かない自分の人生を突きつけられた様で吐き気を覚えますけど(笑)

そもそも、このベルギー人の主張する滅びの美学とは・・・
信義や友情のために敗北や挫折を受け入れることに、ある種の崇高さを見いだす。ネロの死に方は、まさに日本人の価値観を体現するもの

ネロの死に方って滅びの美学ですか?

ルーベンスの様な画家を目指す貧乏少年のネロ君。爺ちゃんだけが唯一の肉親で、その爺ちゃんが亡くなってからと言うもの、放火犯の濡れ衣を被せられるわ、必死の思いで描きあげた作品はコンクールで落選するわ・・・村を追われたネロ君、愛犬パトラッシュと一緒に憧れのルーベンスの絵画が飾られてる教会へ出掛け、月夜の光で一瞬だけ見えたその絵画に感動し、自分をそこまで追い詰めた人たちを誰1人として恨む事無しに亡くなって行く。

これの何処が滅びの美学ですか?滅びの美学とは、やるだけの事をやったものの報われずに終わる。。。事こそを指すのではないのですかい?

だったら頼朝兄ちゃんを必死に慕い、良かれと思い行動した事、全てが裏目に出て、追い詰められた義経君の方が余程、滅びの美学じゃありません?

個人的には、このベルギー人、日本人を買かぶり過ぎ。日本人がネロ君に涙したのは単純な哀れみだと思うけどね(笑)


そもそも、日本人に彼の指摘する様な滅びの美学が存在してるのなら、

代理出産容認しろっ!


なんて輩が現れるかね?

自分は、たまたま生殖能力で劣っただけの話。その現実を受け入れる事が出来ず、第三者に命のリスクを負わせてまでアテクシの遺伝子ちゃんを追いかける。こんなの滅びの美学の真逆行為ですやん(笑)

そもそも欧米人が、この小説を素直に受け入れられなかった背景として、イギリス人が書いたベルギーの残酷物語だから、その辺りで既に屈折しちまってるでしょ。特にベルギー人にとって見れば、あ〜た〜

ベルギー人とは、見た目だけで人を判断し、冤罪で人を追い詰め、村から追い出し凍死させる様な残虐な連中なのよん。うきっ!

言われたも同然じゃんねぇ(笑)

一方、日本人から見ればイギリス=ベルギーでしょ?何処が違う訳?どっちも同じヨーロッパでしょ?てなもんでしょ?かつてワールドカップが日韓共催となってしまった理由こそ、

日本=韓国


と欧米人に思われちまったのと同じ様なもんでしょ?

結局、日本人にとってネロ君のストーリーは、遠い異国の地の話に過ぎず、その時点で、ネロ君に感情移入と言うより明らかによそ者扱いなんだよ。所詮は自分には関係のない世界と、この時点で自分を安全圏にしまい込んだ上で、ネロ君可哀想・・・と哀れんでるだけだと思うけどね。

要は代理出産の容認派と、ある意味重なるんだよ。

自分は不妊で悩む人の為に腹を貸すだなんて、死んでも出来ないし、代理出産を依頼する気もないし、当然、そんな連中と関わりたいとも思っちゃいない。けど、不妊で悩む人が可哀想だから、やりたい人はやれば〜?と明らかに他人事の同情から容認。

ネロ君に対する涙もその程度の事だと思うけどねぇ・・・

そう言う点においては、欧米人が嫌う「負け犬の死」となんら変わりがない感情だと思うんだけどねぇ・・・

なんて思う私が既に日本の恥晒しなのかもしれないが・・・・
posted by ぐろりん at 21:13| 大阪 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | VELENOSO | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 フランダースの犬にしろマッチ売りの少女にしろ、何を言いたいのかよく解らん話ですね。

 腹減ったなら、金持ちの屋敷を襲撃して、酒池肉林の限りを尽くした後に、討ち死にするくらいの根性が欲しいです。

いずれにしても欧州は奇奇怪怪です。
Posted by wakuwaku at 2007年12月27日 05:19
忠臣蔵だって赤穂浪士が切腹になったから
受けたので無罪放免なら話題にもならない。
近松門左衛門の心中物も、オペラの悲劇も
人間なんて「滅びの美学」が好きなのは
基を質せば残虐な心があるのでしょうね。

ましてヒトサマが悲劇であればあるほど
心の中で拍手喝采をする気分は誰もある。
この世に一人や二人殺したい奴はいるが
それが芝居やドラマが応えてくれる。

そりゃ老いた私だって、もう一度人生を
やり直したいけど諦めざるをえないのは
今まで関わりあった人が大勢いるからで
芝居のようにはなりません。男の美学は
一人で居る事、気が付くのが遅かった・・
Posted by 播磨屋 at 2007年12月27日 15:45
※わくわくさん
そういや「マッチ売り・・・」もひどい終わり方だったなぁ・・・

ネロ君もいっそ、自分を追い詰めた連中を1人残らず殺害して、その後、切腹。くらいすれば潔さを感じるんでしょうけねぇ・・・
Posted by ぐろりん at 2007年12月29日 22:50
※播磨屋様
人間誰だって、他者と比較して喜ぶ様な、そう言う残虐な部分はあるでしょうね。

ただ「滅びの美学」とは、やるだけやってからでないと成立しませんよね?やるだけの事もやらずに一方的に追い詰められて凍死。。。じゃなぁ・・・
Posted by ぐろりん at 2007年12月29日 22:55
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